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東京地方裁判所 平成11年(ワ)1346号 判決 2000年7月18日

原告

アッセ株式会社

右代表者代表取締役

【A】

右原告訴訟代理人弁護士

池原毅和

右補佐人弁理士

【B】

被告

マイクロソフト株式会社

右代表者代表取締役

【C】

右被告訴訟代理人弁護士

升永英俊

池田知美

右補佐人弁理士

【D】

【E】

【F】

【G】

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告は、原告に対し、金三億二九三一万五〇六七円及びこれに対する平成一一年一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告に対し、平成一一年一月二三日から、被告製品であるマイクロソフトオフィスに含まれる別紙目録一ないし三記載の各物件につき、右各物件の製造販売停止に至るまで、同目録一及び二の各物件につきそれぞれ年七五〇〇万円の割合による、同目録三の物件につき年一億円の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、その有する後記第一ないし第三特許権に基づき、被告の製造販売するイ号各物件がそれらを侵害しているとして、被告に対し、損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は、次の特許権を有している。

(一)(1) キャラクタ弓型配列特許(以下「第一特許権」という。)

特許番号 第二六一三七六六号

発明の名称 版下デザイン装置

出願年月日 昭和六一年一二月三〇日

出願公開年月日 昭和六三年七月一二日

登録年月日 平成九年二月二七日

(2) 右特許権に係る明細書の特許請求の範囲請求項一の記載は次のとおりである(以下、この発明を「第一特許発明」という。)。

「描画すべきキャラクタ列の各キャラクタデータを入力する手段と、上記キャラクタ列を弓型に配列すべきことが指定されているとき、上記キャラクタ列のうち最初のキャラクタの描画始点を表す第一点の位置と、上記キャラクタ列のうち最後のキャラクタの描画終点を表す第二点の位置と、描画すべき弓型配列の高さを表す第三点の位置とを指定するデータを入力する手段と、上記第一点から上記第三点を通って上記第二点に至るまでの円形又は楕円形の一部を表すキャラクタ配列軌跡を演算する手段と、キャラクタ配列軌跡上に上記キャラクタ列の各キャラクタを割り付けると共に、当該割り付けられた各キャラクタの大きさ及び回転角を決定する手段と、上記キャラクタ列の上記割り付けられた一つのキャラクタと、次のキャラクタとの関係で、間隔を変更するか否かを判断する手段と、間隔の変更が必要であるとの判断結果が得られたとき、上記次のキャラクタを所定量だけ移動させる手段とを具えることを特徴とする版下デザイン装置」

(3) 右発明の構成要件を分説すれば、次のとおりである(以下、分説した各構成要件をその符号に従い、「構成要件①」のようにいう。)。

① 描画すべきキャラクタ列の各キャラクタデータを入力する手段と、

② 上記キャラクタ列を弓型に配列すべきことが指定されているとき、上記キャラクタ列のうち最初のキャラクタの描画始点を表す第一点の位置と、上記キャラクタ列のうち最後のキャラクタの描画終点を表す第二点の位置と、描画すべき弓型配列の高さを表す第三点の位置とを指定するデータを入力する手段と、

③ 上記第一点から上記第三点を通って上記第二点に至るまでの円形又は楕円形の一部を表すキャラクタ配列軌跡を演算する手段と、

④ キャラクタ配列軌跡上に上記キャラクタ列の各キャラクタを割り付けると共に、当該割り付けられた各キャラクタの大きさ及び回転角を決定する手段と、

⑤ 上記キャラクタ列の上記割り付けられた一つのキャラクタと、次のキャラクタとの関係で、間隔を変更するか否かを判断する手段と、

⑥ 間隔の変更が必要であるとの判断結果が得られたとき、上記次のキャラクタを所定量だけ移動させる手段と

⑦ を具えることを特徴とする版下デザイン装置

(二)(1) 多重キャラクタパターン特許(以下「第二特許権」という。)

特許番号 第二六二七八八六号

発明の名称 版下デザインデータ作成方法

出願年月日 昭和六二年一月一四日

出願公開年月日 昭和六三年七月一八日

登録年月日 平成九年四月一八日

(2) 右特許権に係る明細書の特許請求の範囲請求項一の記載は次のとおりである(以下、この発明を「第二特許発明」という。)。

「基準の第一のキャラクタパターンを構成する表示点の位置を表すキャラクタデータでなる第一のデザインデータに基づいて上記第一のキャラクタパターンの内側又は外側に所定の変化幅だけ離間した位置を指定し、上記第一のキャラクタパターンの幅を表す第一のキャラクタ幅とこの第一のキャラクタ幅から上記変化幅を減算し又は加算して得られる第二のキャラクタ幅との幅比率を求め、上記第一のキャラクタパターンを構成する表示点の位置を表すキャラクタデータに上記幅比率を乗算することにより上記第一のキャラクタパターンの内側又は外側に重複する第二のキャラクタパターンの表示点の位置を表すキャラクタデータでなる第二のデザインデータを求めると共に、上記第一のキャラクタパターンの原点を表す第一の原点データと上記変化幅を表す変化幅データとに基づいて上記第二のキャラクタパターンの原点を表す第二の原点データを求め、上記第一の原点データに基づいて描画される上記第一のキャラクタパターン上に重複して上記第二の原点データに基づいて上記第二のキャラクタパターンを描画することにより上記第一及び第二のキャラクタパターンでなる多重キャラクタパターンを作成することを特徴とする版下デザインデータ作成方法」

(3) 右発明の構成要件を分説すれば、次のとおりである。

(ア) 基準の第一のキャラクタパターンを構成する表示点の位置を表すキャラクタデータでなる第一のデザインデータに基づいて上記第一のキャラクタパターンの内側又は外側に所定の変化幅だけ離間した位置を指定し、

(イ) 上記第一のキャラクタパターンの幅を表す第一のキャラクタ幅とこの第一のキャラクタ幅から上記変化幅を減算し又は加算して得られる第二のキャラクタ幅との幅比率を求め、

(ウ) 上記第一のキャラクタパターンを構成する表示点の位置を表すキャラクタデータに上記幅比率を乗算することにより上記第一のキャラクタパターンの内側又は外側に重複する第二のキャラクタパターンの表示点の位置を表すキャラクタデータでなる第二のデザインデータを求めると共に、

(エ) 上記第一のキャラクタパターンの原点を表す第一の原点データと上記変化幅を表す変化幅データとに基づいて上記第二のキャラクタパターンの原点を表す第二の原点データを求め、

(オ) 上記第一の原点データに基づいて描画される上記第一のキャラクタパターン上に重複して上記第二の原点データに基づいて上記第二のキャラクタパターンを描画することにより上記第一及び第二のキャラクタパターンでなる多重キャラクタパターンを作成する

(カ) ことを特徴とする版下デザインデータ作成方法

(三)(1) 最終キャラクタ消去特許(以下「第三特許権」という。)

特許番号 第二七九九四九九号

発明の名称 版下デザイン装置

出願年月日 昭和六三年七月九日

出願公開年月日 平成二年一月二四日

登録年月日 平成一〇年七月一〇日

(2) 右特許権に係る明細書の特許請求の範囲請求項一の記載は次のとおりである(以下、この発明を「第三特許発明1」という。)。

「各キャラクタの作成時、キャラクタ種別データ、キャラクタ位置データ及びキャラクタ形態データでなるキャラクタデータを作成順序に応じてキャラクタ登録メモリ手段に登録すると共に、登録キャラクタカウント手段を加算カウント動作させることにより、当該カウント内容を最初に登録されたキャラクタから最後に登録されたキャラクタまでの有効登録キャラクタ数を表すデータとして保持させるキャラクタデータ作成手段と、各キャラクタの消去時、上記登録キャラクタカウント手段を減算カウント動作させることにより、上記最後に登録されたキャラクタについての上記キャラクタデータを有効登録範囲から除外し、その結果当該最後に登録されたキャラクタのキャラクタデータを消去するキャラクタデータ消去手段とを具えることを特徴とする版下デザイン装置」

(3) 右発明の構成要件を分説すれば、次のとおりである。

A 各キャラクタの作成時、キャラクタ種別データ、キャラクタ位置データ及びキャラクタ形態データでなるキャラクタデータを作成順序に応じてキャラクタ登録メモリ手段に登録すると共に、

B 登録キャラクタカウント手段を加算カウント動作させることにより、当該カウント内容を最初に登録されたキャラクタから最後に登録されたキャラクタまでの有効登録キャラクタ数を表すデータとして保持させるキャラクタデータ作成手段と、

C 各キャラクタの消去時、上記登録キャラクタカウント手段を減算カウント動作させることにより、上記最後に登録されたキャラクタについての上記キャラクタデータを有効登録範囲から除外し、

D その結果当該最後に登録されたキャラクタのキャラクタデータを消去するキャラクタデータ消去手段と

E を具えることを特徴とする版下デザイン装置

(4) 右特許権に係る明細書の特許請求の範囲請求項二の記載は次のとおりである(以下、この発明を「第三特許発明2」という。)。

「各キャラクタの作成時、キャラクタ種別データ、キャラクタ位置データ及びキャラクタ形態データでなるキャラクタデータを作成順序に応じてキャラクタ登録メモリ手段に登録すると共に、登録キャラクタカウント手段を加算カウント動作させることにより、当該カウント内容を最初に登録されたキャラクタから最後に登録されたキャラクタまでの有効登録キャラクタ数を表すデータとして保持させるキャラクタデータ作成手段と、各キャラクタの消去時、上記最後に登録されたキャラクタについての上記表示手段の表示画面上の表示を消去する表示消去手段と、各キャラクタの消去時、上記登録キャラクタカウント手段を減算カウント動作させることにより、上記最後に登録されたキャラクタについての上記キャラクタデータを有効登録範囲から除外し、その結果当該最後に登録されたキャラクタのキャラクタデータを消去するキャラクタデータ消去手段と、上記キャラクタ登録メモリ手段に登録されたすべてのキャラクタデータを表示手段の表示画面上に表示する再表示手段とを具えることを特徴とする版下デザイン装置」

(5) 右発明の構成要件を分説すれば、次のとおりである。

a 各キャラクタの作成時、キャラクタ種別データ、キャラクタ位置データ及びキャラクタ形態データでなるキャラクタデータを作成順序に応じてキャラクタ登録メモリ手段に登録すると共に、

b 登録キャラクタカウント手段を加算カウント動作させることにより、当該カウント内容を最初に登録されたキャラクタから最後に登録されたキャラクタまでの有効登録キャラクタ数を表すデータとして保持させるキャラクタデータ作成手段と、

c 各キャラクタの消去時、上記最後に登録されたキャラクタについての上記表示手段の表示画面上の表示を消去する表示消去手段と、

d 各キャラクタの消去時、上記登録キャラクタカウント手段を減算カウント動作させることにより、上記最後に登録されたキャラクタについての上記キャラクタデータを有効登録範囲から除外し、その結果当該最後に登録されたキャラクタのキャラクタデータを消去するキャラクタデータ消去手段と、

e 上記キャラクタ登録メモリ手段に登録されたすべてのキャラクタデータを表示手段の表示画面上に表示する再表示手段とを具える

f ことを特徴とする版下デザイン装置

2  被告は、別紙目録記載のイ号各物件を業として製造・販売している。

二  争点

イ号各物件が第一特許発明ないし第三特許発明1、2の技術的範囲に属し、被告によるその製造・販売が本件各特許権を侵害するかどうか。

1  イ号物件一が、第一特許発明の構成要件①ないし⑦を充足するかどうか。

2  イ号物件二の一ないし三が、第二特許発明の構成要件(ア)ないし(カ)を充足するかどうか。

3  イ号物件三が第三特許発明1の構成要件AないしEを充足するかどうか。

4  イ号物件三が第三特許発明2の構成要件aないしfを充足するかどうか。

三  当事者の主張

1  第一特許発明ないし第三特許発明1、2を通じた主張

(一) 原告の主張

(1) 直接侵害の成立について

装置発明である第一特許発明及び第三特許発明1、2において、機能を構造的に表現した事項そのものが、イ号各物件のプログラムデータとして記録媒体に固定記録されているから、イ号各物件は、装置発明である第一特許権及び第三特許権を直接に侵害している。また、方法の発明である第二特許発明において、機能相互間の関係を時系列に従った手順によって特定した事項が、イ号各物件において、各機能を実行するプログラムを読出しコマンドの順序に従って読み出すことができるように、記録媒体に固定記録されているから、イ号各物件は、方法の発明である第二特許発明の使用状態にあり、したがってイ号各物件は、方法の発明である第二特許権を直接に侵害している。

汎用のパーソナルコンピュータがデザインツールとして動作しているとき、データの処理動作をコントロールしている主要要素は、ハードディスク・ユニットにインストールされたアプリケーション・プログラムであり、汎用のパーソナルコンピュータ自身が持っているハードウェア資源及びソフトウェア資源は、アプリケーション・プログラムの各プログラムデータを順次実行していくための支援要素に過ぎず、イ号各物件が本件各特許権を侵害していることに変わりはない。

(2) 間接侵害の成立について

イ号各物件が記録されている記録媒体には、多数のアプリケーション・プログラムが記録されているが、一つのアプリケーション・プログラムは、所定のデータ処理動作をするように予め決められている。したがって、各アプリケーション・プログラムのうちイ号物件一、イ号物件二の一ないし三、イ号物件三のアプリケーション・プログラムは、それぞれ第一特許発明、第二特許発明、第三特許発明1、2にかかる発明の機能のみを実行しており、イ号物件一及びイ号物件三は特許法一〇一条一号に、イ号物件二は同条二号に該当する。

(3) 被告による不法行為の幇助

被告は、マイクロソフトオフィスの一部であるエクセル及びワードを、別紙プレインストールアプリケーション一覧表記載の訴外各社が製造・販売するコンピュータにプレインストールアプリケーションとして搭載させて販売させており、これらのアプリケーションソフトがインストールされた状態においては、当該各コンピュータが被告製品のアプリケーションと一体となって本件各特許権を侵害していることが明らかである。また、被告が製造・販売するマイクロソフトオフィスは、業務上のアプリケーションソフトとして製造・販売されており、これを購入した企業等は同ソフトをインストールして使用し、本件各特許を侵害している。被告の別紙各社に対するプレインストールのためのマイクロソフトオフィスの製造・販売及び業務用の同製品の製造・販売は、原告特許権の侵害を幇助するものであるから、被告は共同不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

(4) 損害についての原告の主張

被告は、本件各特許権が設定登録された後も、イ号各物件が本件各特許権を侵害することを知り得る状況でその製造販売を継続し、その売上総額は、第一特許及び第二特許につきそれぞれ年間一五億円以上、第三特許につき年間二〇億円以上である。本件各発明の実施料率は売上高の五パーセントが相当であるので、被告は原告に対し、第一特許権及び第二特許権につきそれぞれ年七五〇〇万円の割合による、第三特許権につき年一億円の割合による各損害賠償金の支払義務がある。

第一特許権及び第二特許権については、イ号物件一及び二の売上総額はそれぞれ年間一五億円以上であり、右各特許の実施料率は売上高の五パーセントが相当であるところ、第一特許権については、設定登録の日である平成九年二月二七日から訴状提出の日である平成一一年一月二二日まで、第二特許権については、設定登録の日である平成九年四月一八日から訴状提出の日である平成一一年一月二二日までの各期間の損害額を合計したのが、第一「原告の請求」第一項記載の金額である。

よって原告は、第一「原告の請求」欄記載の裁判を求める。

(二) 被告の主張

(1) イ号各物件と本件各発明との根本的相違点について

被告製品であるワード及びワードアートは、「文書処理」のためのソフトウェア・プロダクトである。したがって、それを組み込んだパソコン等のコンピュータは、「文書処理装置」であり、「版下デザイン装置」でなく、またそれにより実現される方法は「文書処理方法」であって、「版下デザインデータ作成方法」ではない。イ号各物件は、スポーツシャツなどの模様をデザインする際に用いられることは、最初から予定されていない。したがって、イ号各物件は本件各特許権を侵害しない。

(2) 間接侵害の不成立について

イ号各物件は、物の発明である第一特許発明及び第三特許発明1、2との関係では、特許法一〇一条一号にいう「その物の生産にのみ使用する物」ではなく、方法の発明である第二特許発明との関係では、特許法一〇一条二号にいう「その発明の実施にのみ使用する物」ではないので、間接侵害を構成しない。

イ号各物件は、「プログラムを記録したコンピュータ読取り可能な記録媒体」であるところ、特許法一〇一条一号にいう「物」とは有体物が予定されているのであるから、原告主張のようにプログラムの中の特定機能に関する部分を間接侵害の「物」と捉えることはできない。

また、特許法一〇一条一号にいう「物」とは、実際に取引の対象となる「一個の物」をいう。すなわち、「のみ」の要件が付されているのは、特許発明の実施とは無関係な用途をも有する「物」を差止めの対象とすることが、特許権の効力を不当に拡張するものであって許されないからである。したがって、他の用途をも有するか否かが判断される、間接侵害における「物」とは、差し止めの対象となる「物」と一致しなければならず、被告が現実に製造・販売等し、実際にも取引の対象となり流通している「一個の物」を意味する。被告が現実に製造・販売等し、実際にも取引の対象となり流通しているのは「記録媒体」であるから、間接侵害の適用においても「記録媒体」を「物」と考えるべきである。しかるに、原告は、被告が製造・販売等している「記録媒体」に記録されたプログラムの中の特定機能に関する部分をイ号各物件と捉え、間接侵害の適用を主張しているが、被告が原告主張のような特定の機能に関する部分のみを取り出して製造・販売している事実はないのであるから、主張自体失当である。

(3) 原告の主張について

原告は、イ号各物件を特定し得ておらず、第一特許発明ないし第三特許発明1、2の作用・効果と、イ号各物件の作用・効果との具体的な対比をなし得ていない。

(4) 被告製品がハードウェアを含まないことについて

物の発明であって、構成要件として少なくともキーボード、マイクロプロセッサ、メモリ、出力装置等のハードウェア資源ないし機能実現手段を持った装置である第一特許発明及び第三特許発明1、2は、機械装置としての版下デザイン「装置」に関するものであり、クレーム中の「~する手段」の少なくとも一つは特定のハードウェア資源を含むことが明らかである。記録媒体に格納されたソフトウェアである被告製品マイクロソフトワード97自体は、第一特許発明及び第三特許発明1、2中の「手段」に相当するハードウェア資源を具備しないので、第一特許発明及び第三特許発明1、2の構成を充たさない。

2  第一特許発明について

(一) 原告の主張

(1) 構成要件①について

ワードアートにおいて、「ワードアートテキストの編集」ウィンドウを開いた状態にし、「ここに文字を入力」のメッセージに従って文字を入力すると(図1)、イ号物件一は、第一特許発明の構成要件①を充足する。

(2) 構成要件②について

イ号物件一のワードアートギャラリー画面において、弓型を選択し、文字の入力決定操作をすると、図2のように、文字列が弓型でその周囲を八個の四角の点が囲んだ画面になり、これらの点のうち左側中央の第d点にマウスを合わせてドラッグして任意の位置に移動させると、当該文字列の描画開始点である第一点を決めることができる。このとき文字列が移動したことは点線アーチ補助線で表される。次に、八個の点のうち、右側中央の第e点にマウスを合わせてドラッグして任意の位置に移動させると、当該文字列の描画終了点である第二点を決めることができる。このとき描画開始点から描画終了点までの間に点線アーチ補助線が表されることにより、オペレーターは指定した文字列の範囲を確認することができ、この状態において描画終了点の入力決定操作をすると、図3のように描画開始点から描画終了点の範囲に弓型の文字列を表示した状態になる。さらに、中央下側の第g点にマウスを合わせてドラッグして上方又は下方に移動させると、当該弓型文字列の湾曲の高さを指定する第三点を決めることができる。このときも文字列が配列されるべき半楕円弧は、点線アーチ補助線で表示され、高さの指定決定操作をすると、図4において黄色の文字列で示すように文字列が点線アーチ補助線上に配列されるような表示になる。このようなイ号物件一のデータ処理機能は、第一特許発明の構成要件②を充足する。

(3) 構成要件③について

イ号物件一は、高さを指定する第三点を決めたとき、文字列を配列すべき半楕円弧を点線アーチ補助線によって表示しており、文字列の描画開始点である第一点から高さを指定する第三点を通って描画終了点である第二点に至る文字配列軌跡になっている。このようなイ号物件一の点線アーチ補助線を演算する機能は、第一特許発明の構成要件③を充足する。

(4) 構成要件④について

イ号物件一は、高さの指定決定操作をして、図4の黄色の文字列で表示した状態において、文字列を構成する各文字を文字配列軌跡上の位置に順次割り付けるとともに、それぞれについて大きさ及び回転角を決めている。楕円弧軌跡上にキャラクタを配置する際には、楕円弧の長さと文字列の文字数により文字の大きさを求め、配置場所を演算しなければ、指定した範囲の円弧状の位置にキャラクタを配置できない。そして文字を配置した後に楕円弧に合わせた文字の回転角を、楕円弧の軌跡及び文字の位置から演算することにより、各文字の向きを変更前の灰色の文字の向きと比較してより適正に変更できる。このように、イ号物件一において、文字を割り付けるとともに、大きさ及び回転角を決定する機能は、第一特許発明の構成要件④を充足する。

(5) 構成要件⑤について

イ号物件一は、「ワードアートテキストの編集」ウィンドウを開いた状態において、文字列を入力する際に使用する文字列のフォントを選択でき、オペレータが「MSPゴシック」を指定すれば、文字相互間の間隔が、隣り合う文字が何であるかに応じて自動的に変更して表示される(この文字配列を一般にプロポーショナル・フォントという。)。これに対して、「MSゴシック」を指定すれば、隣り合う文字が何であっても、文字相互間の間隔は、同じ値となる。このように、イ号物件一は、フォントの指定に応じて文字間隔の変更の要不要を判断する機能を持っており、この機能は、第一特許発明の構成要件⑤を充足する。

(6) 構成要件⑥について

イ号物件一は、前項で述べたように、指定されたフォントが「MSPゴシック」であると判断したときには、隣り合う文字が何であるかに応じて、文字相互の間隔を変更し、ある文字に続く次の文字の位置決めをする。このイ号物件一の次の文字の移動機能は、第一特許発明の構成要件⑥を充足する。

(7) 構成要件⑦について

イ号物件一は、これまで述べたように、第一特許発明のすべての構成要件を充足するデザインデータの処理機能を持っており、したがって少なくとも被告の「文書処理のためのソフトウェア・プロダクト」は、第一特許発明の「版下デザイン装置」と同一の機能を実行するための実行命令を汎用のパーソナルコンピュータ又はその周辺機器に与えるプログラムを含んでいる。

(二) 被告の主張

(1) 構成要件②、③について

イ号物件一は、第一特許発明の構成要件②、③に規定されているように、「始点を表す第一点」、「終点を表す第二点」及び「高さを表す第三点」を入力してキャラクタ配列軌跡を演算するものではない。ユーザーが所定の操作をすれば、プログラムにより予め定められた初期設定値で定まる楕円弧を通って配列される文字列が、自動的にコンピューター画面上に表示される。ユーザーは八つのサイズ変更ハンドルを移動して、初期設定の楕円形の軌跡を自由に変更することができる。同ハンドルは、楕円形の軌跡を演算するための制御点を入力する機能を有する。また、ユーザーは、一つの調整ハンドルを移動して、初期設定である一八〇度の楕円弧の中心角を三六〇度の範囲で自由に指定することができる。同ハンドルは、楕円弧の中心角を入力する機能を有する。CPUは、サイズ変更ハンドルにより入力された制御点から楕円形の軌跡を演算する処理を行い、また調整ハンドルにより入力された中心角から楕円弧を演算する処理を行う。以上のように、イ号物件一は、第一特許発明のように、「始点を表す第一点」、「終点を表す第二点」及び「高さを表す第三点」の三点を入力し、右三点の入力データを用いてキャラクタ配列軌跡を演算する構成とは全く異なるから、第一特許発明の構成要件②、③を充足しない。

(3) 構成要件⑦について

原告の第一特許発明は、版下デザイン装置の特許発明であるところ、被告製品のワード97は、文書処理のためのソフトウェア・プロダクトすなわち「プログラムを記録したコンピュータ読取り可能な記録媒体」である。一般に、発明に係る装置をコンピュータ上で実現するためのプログラムは、コンピュータにインストールされる前の状態では、プログラムの実行によって発揮される特定の機能を有する装置を構成することにはならない。したがって、このような記録媒体自体の生産、譲渡等を行っても、装置の特許発明を実施することにはならない。

3  第二特許発明について

(一) イ号物件二の一(指定した太さの実線縁取りキャラクタパターン)について

(1) 原告の主張

ア 構成要件(ア)について

イ号物件二の一の、ワードアートギャラリー画面を開いた状態において、「文字色白の縁取り文字」を選択すると、「ワードアートテキストの編集」ウィンドウが開き、「ここに文字を入力」のメッセージに従って文字「T」を入力すると、図5の表示状態を得る。この状態において入力決定操作をすると、図6のように、文字色白の縁取り文字Tの周囲を八個の四角い点で囲んだ第一のキャラクタパターンを表示した画面が得られる。「ワードアート書式設定」画面においては、「線」の項目に「実線」及び「太さ」を指定入力するようになっており、この指定入力は、文字色白の縁取り文字Tの縁取り線上に太い実線を描画するようなデータ処理を実行するもので、このことは、第一のキャラクタパターンによって表される線の内側又は外側に所定の変化幅(実線の縁までの距離)だけ離間した位置を指定させることを意味し、このようなイ号物件二の一の「線」の項目の設定機能は、第二特許発明の構成要件(ア)を充足する。

イ 構成要件(イ)について

イ号物件二の一は、表示されている第一のキャラクタパターンに、指定された「太さ」を持たせるために、「太さ」に相当する変化幅から、キャラクタ幅及び幅比率を求めて、第二のキャラクタパターンを作成するための比率データを演算する。線でなる第一のキャラクタパターンに太線の幅を持たせるためには、変化幅に基づいて、大きさが異なる二つのキャラクタパターンを重複表示させる比率を演算する必要があり、この比率の演算をしなければ、線に太さを持たせることはできない。このようなイ号物件二の一の処理機能は、第二特許発明の構成要件(イ)を充足する。

ウ 構成要件(ウ)について

イ号物件二の一は、右に求めた幅比率に基づいて、第一のキャラクタパターンの内側及び外側に、太線の縁を表す二つの第二のキャラクタパターンのキャラクタデータを演算する。このように、第一のキャラクタパターンのキャラクタデータから大きさが異なる二つのキャラクタを求めるには、第一のキャラクタデータに幅比率を乗算する必要があり、この演算をしなければ、線に太さを持たせることはできない。このようなイ号物件二の一の処理機能は、第二特許発明の構成要件(ウ)を充足する。

エ 構成要件(エ)について

イ号物件二の一は、右に求めた二つの第二のキャラクタパターンを描画するための二つの第二の原点を演算する。第一のキャラクタパターンに対して、バランスよく二つの第二のキャラクタパターンを重複して描画するためには、二つの第二のキャラクタパターンについての二つの第二の原点の位置を適正に求める必要がある。このようなイ号物件二の一の処理機能は、第二特許発明の構成要件(エ)を充足する。

オ 構成要件(オ)について

「ワードアート書式設定」画面において設定された「線」データについて決定操作をすると、図7の太い線のキャラクタパターン(内側の第二のキャラクタパターンと外側の第二のキャラクタパターンとの間を黒く塗りつぶしたキャラクタパターン)が得られる。このようなイ号物件二の一の処理機能は、第二特許発明の構成要件(オ)を充足する。

カ 構成要件(カ)について

イ号物件二の一は、これまで述べたように、第二特許発明のすべての構成要件を充足するデザインデータの処理機能を持っており、したがって被告の「文書処理のためのソフトウェア・プロダクト」は、少なくとも第二特許発明の「版下デザイン作成方法」と同一の機能を実行するための実行命令を汎用のパーソナルコンピュータ又はその周辺機器に与えるプログラムを含んでいる。

(2) 被告の主張

ア 構成要件(ア)ないし(オ)について

原告主張のように、第一のキャラクタパターンを描画した後に、その文字の内と外の両側に第二のキャラクタパターン(文字の輪郭に相当する。)を描画し、線の内部を塗りつぶして文字を作成しているのであれば、文字の内側の輪郭と外側の輪郭は、同じような形状になるはずである。ところが、イ号物件二の二は、ペン先が丸く一定の直径を有するペンで、デザインデータにより特定される表示点をたどっていき、一定の太さで縁取りをソフトウェアの形態で描画する方法により作成されている(この方法は公知技術である。)。したがって、縁取りの曲がり角に注目すると、外側では丸みを帯びるが、内側では丸みを帯びず、明らかに形状が異なっている(図8)。このように、イ号物件二の二は、幅比率の取得及び元のパターン・データに対する幅比率の乗算を行っておらず、第二特許発明とは異なる方法で描画されているので、構成要件(ア)ないし(オ)をいずれも充足しない。

イ 構成要件(カ)について

原告の第二特許発明は、版下デザインデータ作成方法の発明であるところ、被告製品のワード97は、文書処理のためのソフトウェア・プロダクトすなわち「プログラムを記録したコンピュータ読取り可能な記録媒体」である。一般に、発明に係る方法を、コンピュータ上で実現するためのプログラムは、コンピュータにインストールされる前のそれを記録した記録媒体自体では、方法の発明を使用することにはならない。したがって、このような記録媒体自体の生産、譲渡等を行っても、方法の特許発明を実施することにはならない。したがって、イ号物件二の一は、第二特許権を侵害しない。

(二) イ号物件二の二(点線縁取りキャラクタパターン)について

(1) 原告の主張

ア 構成要件(ア)について

イ号物件二の二の、ワードアートギャラリー画面を開いた状態において、「文字色白の縁取り文字」を選択すると、「ワードアートテキストの編集」ウィンドウが開き、「ここに文字を入力」のメッセージに従って文字「T」を入力すると、図9に示すように、文字色白の縁取り文字「T」の周囲を八個の四角の点で囲んだ第一のキャラクタパターンを表示した画面を得る。ここで、「塗りつぶし」項目のうち、色を「赤」に設定した後、「線」の項目のうち「色」の指定を「線なし」に設定する。こうして決定操作をすると、図10のように縁取りを持たない赤い文字の第一のキャラクタパターンを得る。この状態において、「ワードアート書式設定」画面において「線なし」項目について線の色を「黒」に設定した後、「実線/点線」項目について「点線(角)」を設定した後、決定操作をする。このとき図11に示すように、第一のキャラクタパターンである赤い文字「T」上に点線の「T」でなる第二のキャラクタパターンが重畳することにより、全体として点線縁取り文字を描画できる。

イ号物件二の二は、図11から明らかなように、点線の第二のキャラクタパターンは第一のキャラクタパターンによって表される線の内側に変化幅「0」だけ離間した位置を指定させることを意味し、このデータ処理機能は、第二特許発明の構成要件(ア)を充足する。

イ 構成要件(イ)について

イ号物件二の二は、変化幅が「0」であるから幅比率「1」を演算したことを意味し、このようなイ号物件二の二の処理機能は、第二特許発明の構成要件(イ)を充足する。

ウ 構成要件(ウ)について

イ号物件二の二は、右に求めた幅比率「1」に基づいて、第一のキャラクタパターンの内側に、第二のキャラクタパターンのキャラクタデータを演算する。かかるイ号物件二の二の処理機能は、第二特許発明の構成要件(ウ)を充足する。

エ 構成要件(エ)について

イ号物件二の二は、右に求めた第二のキャラクタパターンを描画するための第二の原点を演算する。ここで幅比率は「1」なので、第二の原点は第一の原点と同じになる。このようなイ号物件二の二の処理機能は、第二特許発明の構成要件(エ)を充足する。

オ 構成要件(オ)について

イ号物件二の二において、点線でなる第二のキャラクタパターンは、赤文字でなる第一のキャラクタパターンの縁に重複するように描画される。このようなイ号物件二の二の処理機能は、第二特許発明の構成要件(オ)を充足する。

カ 構成要件(カ)について

イ号物件二の一について述べた3(一)(1)カと同じ。

(2) 被告の主張

ア 構成要件(イ)及び(ウ)について

原告は、「文字色赤の縁なし文字」が第一のキャラクタパターンに対応し、「黒い点線の縁取り」が第二のキャラクタパターンに対応すると主張する。しかし原告も認めるように、両者の幅比率は一であるから、元のデザインデータと、これに幅比率一を乗算して得られる新たなデザインデータが同じであることを意味する。両者のデザインデータが同じであるならば、「文字色赤の縁なし文字」のデザインデータをそのまま用いればよく、幅比率一を乗算して「黒い点線の縁取り」のデザインデータを求める必要はない。幅比率一を求める必要もない。イ号物件二の二においては、そのような幅比率の取得及びデザインデータに対する幅比率の乗算を行っていない。よって、イ号物件二の二においては、第二特許発明の構成要件(イ)及び(ウ)に相当する処理を行っていない。

(三) イ号物件二の三(影付きキャラクタパターン)について

(1) 原告の主張

ア 構成要件(ア)について

イ号物件二の三の、ワードアートギャラリー画面を開いた状態において、「文字色白の縁取り文字」を選択し、「ワードアートテキストの編集」ウィンドウが開き、「ここに文字を入力」のメッセージに従って文字「T」を入力し、決定操作をすると、図12のように、文字色白の縁取り文字が得られる。この状態において、これに続いて、初期画面の「表示」を選択した後、「ツールバー」、「図形描画」を選択して、「影指定」アイコンを選択すると、図13のように、第一のキャラクタパターンに対して種々の影を付けるために、複数の「影スタイル」から一つを選択できる。このイ号物件二の三の、「影スタイル」設定機能は、第一のキャラクタパターンに対してずれた位置を指定できるようになっているから、第二特許発明の構成要件(ア)を充足する。

イ 構成要件(イ)について

イ号物件二の三は、「影スタイル」を指定することにより、異なる大きさの影のキャラクタパターンを得るために、第一のキャラクタのキャラクタ幅に対する幅比率データを演算している。一般に、キャラクタパターンの大きさを種々の大きさに設定するためには、第一のキャラクタデータに対する比率を演算する必要があり、この演算をしなければ、文字に異なる大きさを持たせることはできない。このようなイ号物件二の三の処理機能は、第二特許発明の構成要件(イ)を充足する。

ウ 構成要件(ウ)について

イ号物件二の三は、右に求めた幅比率に基づいて、表示点データに幅比率を乗算することにより、第二のキャラクタパターンのキャラクタデータを演算する。このように、第一のキャラクタパターンのキャラクタデータから大きさが異なる二つのキャラクタを求めるには、第一のキャラクタデータに幅比率を乗算する必要があり、この乗算をしなければ、大きさが異なる第二のキャラクタパターンを作成することはできない。このようなイ号物件二の三の処理機能は、第二特許発明の構成要件(ウ)を充足する。

エ 構成要件(エ)について

イ号物件二の三は、右に求めた第二のキャラクタパターンを描画するための第二の原点を演算する。第一のキャラクタパターンの原点データを用いて第二のキャラクタパターンを描画したのでは、ただ重なっただけのキャラクタパターンになる。そこで、第一のキャラクタの第一の原点に対して第二のキャラクタの第二の原点を移動させて描画することにより、全体としてバランスのよい、影付きの、多重のキャラクタパターンを構成することができる。そのためには、第二のキャラクタパターンについての第二の原点の位置を適正に求める必要がある。このようなイ号物件二の三の処理機能は、第二特許発明の構成要件(エ)を充足する。

オ 構成要件(オ)について

「影指定」アイコンを選択すると、図14のように、第一のキャラクタパターンに対してずれた位置に第二のキャラクタパターンを描画することにより、第二のキャラクタパターンが第一のキャラクタパターンの影になるような、影付きの、多重のキャラクタパターンが得られる。このようなイ号物件二の三の処理機能は、第二特許発明の構成要件(オ)を充足する。

カ 構成要件(カ)について

イ号物件二の一について述べた3(一)(1)カと同じ。

(2) 被告の主張

ア 構成要件(ウ)について

同構成要件には、「上記第一のキャラクタパターンの内側又は外側に重複する第二のキャラクタパターン」とある。しかし、原告主張のイ号物件二の三の「影文字」は、「赤い文字」の内側に重複するとはいえず、外側に重複するともいえない。なぜなら、内側に重複すると考えられる部分もあり、外側に重複すると考えられる部分もあるからである。したがって、イ号物件二の三においては、「上記第一のキャラクタパターンの内側又は外側に重複する第二のキャラクタパターンの表示点の位置を表すキャラクタデータでなる第二のデザインデータを求める」ことは行っておらず、第二特許発明の構成要件(ウ)に相当する処理を行っていない。

4  第三特許発明1について

(一) 原告の主張

(1) 構成要件Aについて

イ号物件三は、各キャラクタの作成時に、図15の画面において、①文字を入力操作することにより文字コードである「キャラクタ種別データ」を入力し、②「文字列を入力」のメッセージに従って所望の位置を指定して文字の入力操作をすることにより「キャラクタ位置データ」(XY座標値を表す。)を入力し、③「フォントサイズ」アイコンを押すことにより文字の大きさ、縦横比を表すデータでなる「キャラクタ形態データ」を入力し、また「斜体」アイコンを押すことにより、傾斜角を表すデータでなる「キャラクタ形態データ」を入力し、さらにその他「太文字」アイコン、「下線」アイコン、「文字の拡大/縮小」アイコンを押したり、「書体番号データ」を入力したりすることにより他の「キャラクタ形態データ」を入力する。これらの「キャラクタ種別データ」、「キャラクタ位置データ」及び「キャラクタ形態データ」は、入力操作されるごとに各キャラクタの表示条件を表すキャラクタデータとしてメモリに登録され、その後画面上へのキャラクタの描画や編集作業等の画像データの処理に供される。このようなイ号物件三のデータの入力・登録機能は、第三特許発明1の構成要件Aを充足する。

(2) 構成要件Bについて

イ号物件三は、文字「AA」、「BB」及び「CC」を三回の入力操作によって入力したところ、一操作ずつ元に戻ることができるように、データを「入力〝AA〟」、「入力〝BB〟」・「入力〝AA〟」及び「入力〝CC〟」・「入力〝BB〟」・「入力〝AA〟」のように積み重ねていくように蓄積した。このデータの蓄積履歴を見れば、データの入力ごとに、「入力〝CC〟」/「入力〝BB〟」/「入力〝AA〟」のように一段ずつ加算カウントされており、かつ各入力操作ごとに最初に登録されたキャラクタ「入力〝AA〟」から、最後に登録されたキャラクタ「入力〝CC〟」までの有効登録キャラクタ数を表すデータとして保持されている。このようにイ号物件三は、登録されたデータを積重ね方式(スタックと呼ぶ。)という方法で管理している。スタックは、登録することができるエリアを予め用意し、データの登録があった場合、最初のメモリ位置より順番に登録していき、次のデータを登録するときは、登録済みのデータの次に新たなデータを登録するので、当然登録済みのデータのメモリ位置を知る必要がある。このメモリ位置を知る手段が登録カウンタとしての機能を有し、イ号物件三が登録カウンタを持っていることは、図16ないし図18のメモリの履歴を見ると、文字登録があれば、加算処理を行うことによりメモリの登録位置をメモリの最初の位置から登録位置までのカウント数によって表し、これによりこのカウント数を有効データ範囲として認識させることができるようになっていることから、明らかである。このようなイ号物件三の有効登録キャラクタ数の保持機能は、第三特許発明1の構成要件Bを充足する。

(3) 構成要件C及びDについて

イ号物件三は、図19のように、三回目の入力操作が終了した表示状態において、「元に戻す」アイコンを押すと、三回目の入力操作によって入力された文字「CC」が消去された表示になる(図20)。この消去後のメモリの履歴を見ると、最後に登録されたキャラクタ「入力〝CC〟」の一段分の履歴が消えて、キャラクタ「入力〝BB〟」・「入力〝AA〟」が残った状態になっている。このときのメモリの履歴は、図21のように、「一番目の登録スタック」から「四番目の登録スタック」までが積み重ねられた状態において、「一操作元に戻す」アイコンを押すことにより、図22のように、「四番目の登録スタック」が消去されて、「一番目の登録スタック」から、「三番目の登録スタック」までが積み重ねられた状態に変化しており、これによりイ号物件三は、最後に登録されたキャラクタのキャラクタデータ(すなわち四番目の登録スタック)を有効登録範囲から除外して消去するキャラクタ消去手段としての機能を持っている。このようなイ号物件三のキャラクタ消去機能は、第三特許発明1の構成要件C及びDを充足する。

(4) 構成要件Eについて

イ号物件一について述べた2(一)(7)と同じ(ただし、「第一特許発明」とあるのを「第三特許発明1」と読み替える。)。

(二) 被告の主張

(1) 構成要件AないしDについて

第三特許発明1の明細書の「発明の詳細な説明」欄第5図(図23)によると、登録メモリ手段は、スタック(後入れ先出し)の構成を有しており、同図の最上段に登録文字データMOJI1を、以下順に下の段へと登録文字データMOJI2、MOJI3を登録していくという構成であることが理解される。また、同第6図(図24)によると、各登録文字データMOJI1、MOJI2、MOJI3・・・は、キャラクタ種別データ、キャラクタ位置データ及びキャラクタ形態データを有することが理解される。各登録文字データは、これら三つのデータを必ず有していなければならないことになる。

これに対し、イ号物件三のワードアートにおけるUNDOすなわちドキュメントに加えられた「操作を元に戻す」機能においては、UNDOメモリは第三特許発明1の明細書の第5図、第6図に示されるような、第三特許にいうキャラクタデータ作成手段のメモリの構成を有しているわけではないし、「操作を元に戻す」機能が第三特許発明にいうキャラクタデータ消去手段の構成を有しているわけでもない。しかし議論のため、イ号物件三におけるUNDOメモリが第三特許にいうキャラクタデータ作成手段の構成を有すると仮定し、「操作を元に戻す」機能が第三特許にいうキャラクタデータ消去手段の構成を有すると仮定すると、以下のように矛盾が生じる。今、ワードアート(例えば弓文字)を用いて文字Aをワードのドキュメントに挿入し、次に文字Bをワードのドキュメントに挿入したときの表示画面は、図25のようである。すなわち、いわゆるデフォルトの位置にA及びBが重ねられて表示される。次に文字Bの位置を動かすと図26のようになる。このような状態においては、イ号物件三におけるUNDOメモリが、第三特許にいうキャラクタデータ作成手段の構成を有するならば、同メモリは次のようになっているはずである。

MOJI1=「A」の種別データ、形態データ、位置データ(Aの位置)

MOJI2=「B」の種別データ、形態データ、位置データ(Bの位置)

ここで、原告が最終キャラクタ消去手段であるとするUNDOを一回行うと、イ号物件三における「操作を元に戻す」機能が、第三特許発明にいうキャラクタデータ消去手段の構成を有するならば、仮定されたキャラクタカウント手段が減算カウント動作され、表示は、最終キャラクタが消去され、Aのみになるはずである。しかしながら、実際にUNDOを一回行ってみると、文字Aのみになるのではなく文字Bが単に元のデフォルトの位置に移動するのみである。すなわち、最終キャラクタである文字Bは、UNDO操作によって消去されることなく、文字Aに重ね合わされるのみである。これは、イ号物件三が、第三特許発明1の構成要件AないしDのいずれかを有していないことを意味する。したがって、イ号物件三は、第三特許発明1を侵害するものではない。

ワードのUNDO機能は、最後の操作から順次にこれまでに行われた操作を一つずつ取り消す機能であり(キャラクタの取消しではなく)、したがって、作成されたキャラクタの文字数をカウントする必要はなく、現に行っていない。また、ワードにおいて、[標準]ツールバーの(元に戻す)の右側にある下向き矢印をクリックすると、元に戻すことができる操作が一覧表示されるが、ここには、文字の入力だけでなく、文書編集にかかわる種々の操作、例えば罫線の作成、文字の消去、コピー等の操作を含む「操作履歴のデータ」が登録されており、キャラクタデータは登録されていない。したがって、イ号物件三は、第三特許発明1の構成要件A及びBを欠く。

しかも、ワードのUNDO機能は、キャラクタの文字数をカウントする必要はないので、レジスタに登録された操作情報を第三特許発明1にいう文字数についての減算カウント動作で消去することもない。したがって、イ号物件三は、第三特許発明1の構成要件C及びDをも欠く。

(2) 構成要件Eについて

イ号物件一について述べた2(二)(3)と同じ(ただし、「第一特許発明」とあるのを「第三特許発明1」と読み替える。)。

5  第三特許発明2について

(一) 原告の主張

(1) 構成要件a、bについて

構成要件a、bは、第三特許発明1の構成要件A、Bと同じ。したがって、第三特許発明1について述べた4(一)(1)(2)と同じ。

(2) 構成要件cについて

イ号物件三は、図27のように、文字「CC」の入力操作が終了した状態において、「元に戻す」アイコンを押すと、最後に入力された文字「CC」が消去された表示になる(図28)。したがってイ号物件三は、最後に登録されたキャラクタのキャラクタデータを有効登録範囲から除外して消去する消去手段としての機能を持っている。このようなイ号物件三のキャラクタ消去機能は、第三特許発明2の構成要件cを充足する。

(3) 構成要件dについて

構成要件dは、第三特許発明1の構成要件C、Dと同じ。したがって、第三特許発明1について述べた4(一)(3)と同じ。メモリの履歴を見ると、イ号物件三は、図29のように、文字「AA」、「BB」、「CC」を順次入力した状態において、登録キャラクタカウント手段を減算カウント動作させる(例えば表示消去手段によって文字「CC」を消去することにより)と、メモリの履歴は、図30のように、積重ねカウント数が減算されて最後に登録された文字データを有効登録範囲から除外して消去するキャラクタデータ消去手段としての機能を持っている。このようなイ号物件三のキャラクタ消去機能は、第三特許発明2の構成要件dを充足する。

(4) 構成要件eについて

例えば、図31のように、一回目の入力操作で文字「I」を登録した後に、図32のように、二回目の入力操作で文字「I」の上に重ね合わせるように、文字「H」を登録した状態において、図33のように、「元に戻す」アイコンを押すことにより最後に入力した文字「H」が消去された場合を例にとる。このとき、イ号物件三は、図34のように、文字「I」の上に重複していた文字「H」を消去しただけでなく、当該文字「H」と重ね書きされていた文字「I」の部分を修復した文字「I」を表示している。これは、文字「H」を消去した後に、その前の入力操作によってメモリにスタックされていた文字「I」のデータを画面上に再表示したことを表している。ちなみに、画像の表示のために表示画面上の各位置(各ドット)に与えられる表示データは一種類しかなく、その一部が消去されると、図35のように、当該消去された部分には画像データがなくなることにより、何らの修復もしないとすれば、表示の空白部分が生じるはずである。このようなイ号物件三のキャラクタ消去機能は、第三特許発明2の構成要件eを充足する。

(5) 構成要件fについて

イ号物件一について述べた2(一)(7)と同じ(ただし、「第一特許発明」とあるのを「第三特許発明2」と読み替える。)。

(二) 被告の主張

第三特許発明1について述べた4(二)と同じ(ただし、「構成要件A」とあるのを「構成要件a」と、「構成要件B」とあるのを「構成要件b」と、「構成要件C」又は「構成要件D」とあるのを「構成要件c」と、「構成要件E」とあるのを「構成要件f」と、それぞれ読み替える。)。

第三当裁判所の判断

一  第一特許発明について

1  第一特許発明の明細書(甲一。特許公報)の「発明の詳細な説明」欄の記載に前記争いのない事実を総合すると、第一特許発明は、スポーツシャツなどの布地に、文字、数字、記号、図形などのデザイン要素(これをキャラクタと呼ぶ。)をプリントするための版下デザイン装置の発明であること、このキャラクタを弓型に配列すべきとき、楕円の描画始点(第一点)P1、同終点(第二点)P2、弓型配列の高さを表す点(第三点)P3の三点を入力し、第一点から第三点を通って第二点に至るまでの円形又は楕円形の一部を表すキャラクタ配列軌跡上にキャラクタ列の各キャラクタを割り付けるとともに、当該割り付けられた各キャラクタの大きさ及び回転角を決定する手段を有していること、これに加えて、キャラクタ列の割り付けられた一つのキャラクタと次のキャラクタとの関係で、間隔を変更するか否かを判断する手段と、間隔を変更する必要があるとの判断結果が得られたときは、次のキャラクタを所定量だけ移動させる手段とを有していること、同特許発明においては、楕円を描くのに、前記楕円の描画始点P1、同終点P2、弓型配列の高さを表す点P3の三点を入力し、第一点から第三点を通って第二点に至るまでの円形又は楕円形の一部を表すキャラクタ配列軌跡を演算し、これによって楕円弧を決定していることの各事実が認められる。

2  他方、乙一、弁論の全趣旨及び前記争いのない事実等によれば、被告製品のうちワープロソフトであるマイクロソフトワードなどは、表計算ソフトであるマイクロソフトエクセルなど複数のソフトと共に、マイクロソフトオフィスという名称で、一枚のCDーROM盤に組み込まれて製造・販売されていること、このワード中には、「ワードアート」という文字の修飾をする機能が組み込まれていること、この機能によれば、キャラクタを弓型に配列することもできること、このイ号物件一においては、図2のように、八つのサイズ変更ハンドル(図中の第aないし第c点及び第eないし第h点)並びに一つの調整ハンドル(図中の第d点)によって弓型配列を調整するという方法により楕円弧を決定していること、サイズ変更ハンドルは楕円の大きさを変えるものであり、調整ハンドルはキャラクタを楕円の中でどの範囲に配置するかを決定するものであることの各事実が認められる。

3  このように、両者は一見してその入力方法を異にする。イ号物件一は、八つのサイズ変更ハンドルの位置を変化させることにより文字配列の軌跡が変化し、また、一つの調整ハンドルを操作することにより文字の配列される範囲が変化するから、①サイズ変更ハンドルで制御点を入力して楕円形の軌跡を演算し、②調整ハンドルで楕円形の中心角を入力して楕円形の軌跡上の文字配列の範囲を演算していると考えられる。したがって、イ号物件一は、第一特許発明のように弓型文字配列の描画始点を表す第一点、描画終点を示す第二点及び高さを表す第三点という三点のデータを入力し、右三点の入力データを用いてキャラクタ配列軌跡を演算する構成とは異なるから、第一特許発明の構成要件②及び③を充足しないものと考えられる。

この点につき、原告は、イ号物件一においては、入力方法こそ異なるが、第一特許発明と同様、サイズ変更ハンドルは当該文字列の描画開始点である第一点と描画終了点である第二点と弓型文字列の湾曲の高さを指定する第三点を指定するデータを入力する機能を有すると主張するが、本件においては、この点は、立証されていない(第一特許発明は、スポーツシャツなどに弓型にキャラクタを印刷することをその目的とするという発明の性質上、弓型に配列したキャラクタを指定した位置に印刷することを重視するため、前記のような入力及び決定の仕方になっているものと推認されるのに対し、イ号物件一は、汎用のワードプロセッサなどのソフトウェアであって、第一特許発明とはその用途を異にするものであることから、位置の指定等を重視しているものではないと考えられ、このような第一特許発明とイ号物件一の目的・用途の違いから考えても、原告の主張するようにイ号物件一が第一特許発明と同じ演算機能を備えているとは考えにくい。)。右によれば、イ号物件一が第一特許発明の構成要件②及び③を充足するとは認められないから、イ号物件が第一特許発明を侵害しているということはできない。

二  第二特許発明について

1  イ号物件二の一について

第二特許発明の明細書(甲三。特許公報)の「発明の詳細な説明」欄の記載に前記争いのない事実及び弁論の全趣旨を総合すれば、第二特許発明においては、多重文字(縁取り文字)を描くのに、もとのキャラクタに対し、その内側又は外側にキャラクタの原点を決めて、その部分から一定の幅比率を求めてそれをもとのキャラクタに乗じて内側又は外側の線を描画することによって描くという方法を採っていること、これに対し、被告のイ号物件二の一においては、同様なキャラクタを描くのに、もとのキャラクタの外側の枠の太さを決定し、それをもとのキャラクタの輪郭として描画するという方法を採っていることの各事実が認められ、両者は一見してその入力方法を異にする。

原告は、イ号物件二の一において第二特許発明が実施されているとして、「ワードアートギャラリー画面の『文字色白の縁取り文字』を選択し、文字(例えば『T』)を入力した後、『ワードアート書式設定画面』で『実線』及び『太さ』を指定入力すると、文字色白の縁取り文字の縁取り線上に太い実線が描画されるのは、イ号物件二の一において第二特許発明が実施されていることを示している」旨を主張する。

しかし、この画面表示からは、ワードアートギャラリーの「文字色白の縁取り文字」において、「第一のキャラクタ幅と第二のキャラクタ幅との幅比率を求めていること」、「第一のキャラクタパターンを構成する表示点の位置を示すキャラクタデータに幅比率を乗算することにより第二のデザインデータを求めていること」、「第二のキャラクタパターンの原点を表す第二の原点データを求めていること」は、必ずしも明らかではない。

また、甲一三、一四、乙三七ないし三九によれば、ペン先が丸く一定の直径を有するペンでデザインデータにより特定される表示点をたどっていき、一定の太さで縁取りを描画する方法(Display Postscript)が遅くとも昭和六三年には公知であったこと、すなわち、ワード97の発売時には第二特許発明以外の「文字色白の縁取り文字」の描画方法が公知であったことが認められる。

したがって、本件では、イ号物件二の一において、「第一のキャラクタ幅と第二のキャラクタ幅との幅比率を求めていること」、「第一のキャラクタパターンを構成する表示点の位置を示すキャラクタデータに幅比率を乗算することにより第二のデザインデータを求めていること」、「第二のキャラクタパターンの原点を表す第二の原点データを求めていること」を、認めるに足りない。

右のとおり、イ号物件二の一が第二特許発明の構成要件(ア)ないし(オ)を充足するとは認められないから、イ号物件二の一が第二特許権を侵害しているということはできない。

2  イ号物件二の二について

第二特許発明の明細書(甲三。特許公報)の「発明の詳細な説明」欄の記載に前記争いのない事実及び弁論の全趣旨を総合すれば、第二特許発明においては、破線の縁取り文字を描くのも、前同様に、もとのキャラクタに対し、その内側又は外側にキャラクタの原点を決めて、その部分から一定の幅比率を求めて(その幅が縁となる。)、それをもとのキャラクタに乗じて内側又は外側の文字を描画するという方法を採っていること、これに対し、被告のイ号物件二の二においては、もとのキャラクタの外側の縁の太さを決定し、それをもとのキャラクタの輪郭として描画するという方法を採っていることの各事実が認められ、両者は一見してその入力方法を異にする。

原告は、イ号物件二の二において第二特許発明が実施されているとして、「ワードアートギャラリー画面の『文字色白の縁取り文字』を選択し、文字(例えば『T』)を入力した後、『ワードアート書式設定画面』で塗りつぶし・色を『赤』に、線を『点線』『黒』に設定すると、赤文字の縁に黒い点線が描画されるのは、イ号物件二の二において第二特許発明が実施されていることを示している」旨を主張する。

しかし、この画面表示からは、ワードアートギャラリーの「縁取り文字」において、「第一のキャラクタ幅と第二のキャラクタ幅との幅比率を求めていること」、「第一のキャラクタパターンを構成する表示点の位置を示すキャラクタデータに幅比率を乗算することにより第二のデザインデータを求めていること」は、必ずしも明らかではない。

イ号物件二の二の「文字色赤の縁なし文字」と「黒い点線の縁取り」とは、幅比率「一」であるから、幅比率を求めなくても、また、幅比率を乗算しなくても第二のデザインデータを得ることができると考えられる。また、前記の公知技術(Display Postscript)によっても、線幅が太い点線を描画することができると考えられる。

したがって、本件では、イ号物件二の二において、「第一のキャラクタ幅と第二のキャラクタ幅との幅比率を求めていること」、「第一のキャラクタパターンを構成する表示点の位置を示すキャラクタデータに幅比率を乗算することにより第二のデザインデータを求めていること」を、認めるに足りない。

右のとおり、イ号物件二の二が第二特許発明の構成要件(ア)ないし(オ)を充足するとは認められないから、イ号物件二の二が第二特許権を侵害しているということはできない。

3  イ号物件二の三について

第二特許発明の明細書(甲三。特許公報)の「発明の詳細な説明」欄の記載に前記争いのない事実及び弁論の全趣旨を総合すれば、第二特許発明においては、影付き文字を描くのも、前同様に、もとのキャラクタに対し、その内側又は外側にキャラクタの原点を決めて、その部分から一定の幅比率を求めて、それをもとのキャラクタに乗じて文字の内側又は外側に影を描画するという方法を採っていること、これに対し、被告のイ号物件二の三においては、もとの文字の外側等に影を描画するには、影のサイズ及び位置は予め何種類かに設定されており、その中から選択した影を文字の背後等に付加するという方法を採っていることの各事実が認められ、両者は一見してその入力方法を異にする。

原告は、イ号物件二の三において第二特許発明が実施されているとして、「ワードアートギャラリー画面の『文字色白の縁取り文字』を選択し、文字(例えば『T』)を入力して、『ワードアート書式設定画面』で塗りつぶし・色を『赤』に、線・色を『線なし』に設定すると、縁取りを持たない赤文字が描画され、次に、『影指定』アイコンを選択すると、縁取りなしの赤文字に灰色の影が描画されるのは、イ号物件二の三において第二特許発明が実施されていることを示している」旨を主張する。

しかし、この画面表示からは、ワードアートギャラリーの「縁取り文字」において、「第一のキャラクタパターンの内側又は外側に所定の変化幅だけ離間した位置を指定すること」、「第一のキャラクタ幅と第二のキャラクタ幅との幅比率を求めていること」、「第一のキャラクタパターンを構成する表示点の位置を示すキャラクタデータに幅比率を乗算することにより第二のデザインデータを求めていること」は、必ずしも明らかではない。

したがって、本件では、イ号物件二の三において、「第一のキャラクタパターンの内側又は外側に所定の変化幅だけ離間した位置を指定すること」、「第一のキャラクタ幅と第二のキャラクタ幅との幅比率を求めていること」、「第一のキャラクタパターンを構成する表示点の位置を示すキャラクタデータに幅比率を乗算することにより第二のデザインデータを求めていること」を、認めるに足りない。

右のとおり、イ号物件二の三が第二特許発明の構成要件(ア)ないし(オ)を充足するとは認められないから、イ号物件二の三が第二特許権を侵害しているということはできない。

三  第三特許発明について

1  第三特許発明の明細書(甲五。特許公報)の「発明の詳細な説明」欄の記載に前記争いのない事実及び弁論の全趣旨を総合すれば、第三特許発明1、2においては、各キャラクタの作成時、キャラクタ種別データ、キャラクタ位置データ及びキャラクタ形態データでなるキャラクタデータMOJI1~を作成順序に応じてキャラクタ登録メモリ手段に登録するとともに、登録キャラクタカウント手段を加算カウント動作させることにより、当該カウント内容を最初に登録されたキャラクタMOJI1から最後に登録されたキャラクタまでの有効登録キャラクタ数を表すデータとして保持させるキャラクタデータ作成手段と、各キャラクタの消去時、上記登録キャラクタカウント手段を減算カウント動作させることにより、上記最後に登録されたキャラクタについての上記キャラクタデータを有効登録範囲から除外し、その結果当該最後に登録されたキャラクタのキャラクタデータを消去するキャラクタデータ消去手段とを設けてあること、メモリにおいては、一つの文字情報(MOJI1~)の中に、キャラクタ種別データ、キャラクタ位置データ及びキャラクタ形態データがそれぞれキャラクタごとに入っており、例えばそのキャラクタの大きさ等を決めるコマンドまで一緒に入っているものであることの各事実が認められる。したがって、キャラクタを消去する際はその一つのキャラクタごとに消去される(文字消去)ものと認められる。

2  これに対し、弁論の全趣旨によれば、イ号物件三は、コンピュータソフトにおけるいわゆるUNDO機能で、いったん行った操作を取り消す機能であるところ、イ号物件三が、原告主張のように、各キャラクタの作成時、キャラクタ種別データ、キャラクタ位置データ及びキャラクタ形態データでなるキャラクタデータMOJI1~を作成順序に応じてキャラクタ登録メモリ手段に登録していること、登録キャラクタカウント手段を有していることは、いずれも認めるに足りない。

例えば、MSワードにおいて、[標準]ツールバーの(元に戻す)の右側にある下向き矢印をクリックすると、元に戻すことができる操作が一覧表示されるが、ここには、文字の入力だけでなく、文書編集にかかわる種々の操作、例えば罫線の作成、文字の消去、コピー等の操作を含む「操作履歴のデータ」が登録されている。原告は、登録・消去処理をする際には、操作に関するデータとこれに応じて処理されるキャラクタデータとが、一対一の関係を維持するように処理することが必要で、この条件はイ号物件三においても保持されていると主張するが、イ号物件三において、「操作履歴のデータ」が「キャラクタデータ」を有することは何ら立証されていない。

また、原告は、一回のデータで複数のキャラクタが登録される場合(例えば「AAAAA」「BBBBB」)には、登録されたキャラクタ群単位で、登録・消去処理がされると主張する。しかし、一回の操作で複数のキャラクタが登録される場合に、キャラクタ種別データ、キャラクタ位置データ及びキャラクタ形態データが具体的にどのようになるかは明らかでなく、キャラクタ群単位で登録あるいは消去されることは、立証されていない。

右のとおり、イ号物件三が、第三特許発明1の構成要件A、B、第三特許発明2の構成要件a、bを充足するとは認められないから、イ号物件三が第三特許権を侵害しているということはできない。

四  直接侵害又は間接侵害に当たるかの点について

1  以上のとおり、イ号各物件については、第一特許発明ないし第三特許発明1、2の各構成要件を充足すると認めるに足りないから、第一特許権ないし第三特許権を侵害するということはできない。

2  更に付言するに、そもそも原告の第一特許発明及び第三特許発明1、2は版下デザイン装置、また第二特許発明は版下デザイン方法であるのに対して、イ号各物件は、文書処理のための汎用プログラムを固定記録させた記録媒体の一部であって、これを組み込んだパソコン等の機器は、汎用文書処理装置であって「版下デザイン装置」ではなく、また、右機器により実現される方法は「汎用文書処理方法」であって、「版下デザイン作成方法」ではない。したがって、イ号各物件は、第一特許発明及び第三特許発明1、2との関係では特許法一〇一条一号にいう「その物の生産にのみ使用する物」ではなく、第二特許発明との関係では、同条二号にいう「その発明の実施にのみ使用する物」ではないから、間接侵害を構成するものでもない。

五  以上によれば、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三村量一 裁判官 村越啓悦 裁判官 中吉徹郎)

<以下省略>

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